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大勢三転考

骨の代
上つ代の加婆禰(かばね)てふことは、自なる皇国の制度にして、外国の制度に無き事なれば、文字も姓の字など当たれど当りがたく、職の如くにして職にもあらず、名の如くにして名にもあらぬ制度にはありけり、〈○中略〉さてその加婆禰てふ語意おいかにと考るに、姓氏録に、氏骨とある骨(ほね)の字の義なるべし、〈崇名(あがまへな)などの説もあれど、いと迂遠にして諾ひがたし、〉骨は凡人倫おはじめ、生としいけるもののみならず、器物の上にもいへる事にて、〈扇骨鞍骨などのことし〉肉も皮もみなこの骨お本とし、成々て身となるがごとく、この加婆禰も同じ義にて、そは鳥取部と雲一部ありて、其お主り率いて仕奉るお鳥取造こいふ、その造なん一部の根本にして、支体にとりては骨のごとくなん有ける、かの草木の根お株といふも同じ語意なり、〈今の代にも、一組お株といふ事ありて、そは同心株、問屋株の類なり、これすなはち骨の義にちかし、〉よりて考えるに、氏てふ言は、生血の義にて、血脈の流お称ふる言、加婆禰は骨にて、一部お統る言なるべし、氏は血脈に附たる唱なれば、同血脈の外に唱る事なく、骨は其部によれる唱なれば、諸氏にわたりて呼来れり、そは紀氏は紀氏、物部氏は物部氏にして其すぢに限りて唱へ、骨は紀氏も臣、出雲氏も臣ととなへ、物部も大伴も皆連と唱ふるがごとし、そも〳〵この氏と骨の二くさは、人の身にとりて、本とも本たる極なれば、支体にならひて、血だ骨ともて称たるは、さる事ならすや、続紀に根加婆禰改給比など、根てふ言お添ても雲るは、殊に親しく聞ゆ、又姓の字お書ことは、古く紀記ともに出たれど、此字は当る処もあり、あたらぬ処もありて、そはもと漢国に、此かばねてふことはかつてなきことなれば、親しく当べき字なければなり、此弁は古事記伝に委しく説れたれば、更にいはず、されば仮字とおもふ骨の字は正字にして、中々に姓の字なん仮字には有ける、さるおふるく姓の字お書れたるは、大方はこの字にて当る処もあるうへ、骨の字はゆヽしきかたにも見え、〈笏音忽なるお、忌てさくと訓るおもおもへ、〉はたよろづ漢様に物せらるヽ手ぶりなれば、つひに姓の字お当られたるにぞありけん、然れざも、もとあたりがたき字なる故に、源平おも姓といひ、朝臣宿禰おも姓といふごとく、粉はしき事とはなりにたり、