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倭楽伝記

四座並喜多座の始等之事
観世大夫は、伊賀の服部一党の者也、足利将軍東山殿〈○義政〉に仕へて、観阿弥と雲同朋也、渠に仰て猿楽の業おが学び始め勤しむ、其子世阿弥、其子音阿弥と続て、同朋にて是お相勤、其子俗にして、観世三十郎と号し、猿楽と成て今春が婿と成、いよ〳〵芸術熟し、子孫相続す、