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貞文雑記
九/書札
一書状に、人の名お片苗字に書くお、うやまふ礼とする事、古はなき事也、近代のはやりこと也、古は貴人の名には、一向苗氏おば不書、其次少うやまふ人は、苗字おば二字共に書て、一体の文言脇附等にて、うやまふ礼はある也、書札の法に、人の名お切て、たとへば一行めの下に細と書、二行めの上に川と書き、細川と雲苗氏お二つに切て書く類お忌む也、然るに今は上書にわざ〳〵人の苗氏お切て一字お書く事、古法にも背き、その上無礼なる事也、又下輩へ遺す時は、我苗氏お片苗氏に書く事有、かやうの事も、今は世上一統、法式の如くなりたれは改がたし、是非なく当世に随て書べし、古法は、如此にあらずといふことは知り置べし、