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毛利家記

長州秀就お何とぞ取立、当家往昔にかへる後栄もあれかしと、秀元思召、世間の目にも心有は、如三斎見給しに、秀就一円此御恩お思不給、結句幕府より諸家の系図可被差出旨、被仰出し時、秀就数十代伝たる系図お書替差上給し、是は輝元より秀元、秀元より秀就と、系図お鉤給しお書替て、輝元より秀就とつり給しことは如何、如此へだて給ふと雲へども、秀元卿は其れにも構給はず、沙汰の限なる儀は、さることなれども、是お雲んは狂人走れば、不狂人も走なるべしとておわしまし、兎にも角にも毛利の家さへ続ならばと、此儀お心に掛させ給ひし也、