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春日権現験記

知足院殿、〈○藤原忠実〉天下の執柄として、生前の栄花おきはめ給しかば、すでに四旬の齢おすぐして、いたづらに九夜のやみおまつことお恐れて、功成ぬれば身しりぞかんとおぼしたりければ、出家のいとまお申さむとて、春日の社にまいらせ給たりけるに、十一二ばかりなる児童、俄に気だかき姿になりて、〈○中略〉この童の申様、我は是春日第三神也此度見参は、殊に嬉く侍り、〈○中略〉さても二人の男子おもち給へば、二人ながら氏長者につらなり給べし、忠通公、世の政すなほにて、手跡うつくしく、詩歌管絃、巧みにおはしませば、世によき人と申べし、然れど道心のおはせねば、我心にはいたくもかなはず、おとヽ頼長は、全経お業として、政務きりとほしにして、人の善悪おはかり知こと、掌お指すがごとし、されば末代にはあり難き人にてあるべけれども、神事仏事におろかにして、氏寺おなやますべき人なれば、我ともなはずとの給て、あがらせ給にける、