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太平記

足利殿著御篠村則国人馳参事
去程に、足利殿、〈○尊氏〉篠村に陣お取て、近国の勢お被催けるに、当国〈○丹波〉の住人に、久下弥三郎時重と雲者、二百五十騎にて最前に馳参る、其旗の文笠符に、皆一番と雲文字お書たりける、足利殿、是お御覧じて、怪く覚しければ、高右衛門尉師直お被召て、久下の者共が笠璽に、一番と雲字お書たるは、元来の家の文歟、又是へ一番に参りたりと雲符かと尋給ければ、師直畏て、由緒ある文にて候、彼が先祖武蔵国の住人、久下二郎重光、頼朝大将殿、土肥の杉山にて御旗お被揚て候ける時、一番に馳参じて候けるお、大将殿、御感候て、若我天下お持たば、一番に恩賞お可行と被仰て、自ら一番と雲文字お書てたび候けるお、頓て其家の文と成て候と答申ければ、さては是が最初に参りたるこそ当家の吉例なれとて、御賞玩殊に甚しかりけり、