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旗紋引両之字義
太平記十四巻新田足利確執奏状の段〈○中略〉
以上一文字お一引両と雲ひ、二文字お二引両と雲へるの証なり、〈○中略〉白石軍器考に雲、新田 大中黒は、日の字に象り、足利の二引両は、月字に象れり、其本両家は、嫡男と二男家なる故に、 日月の二象お分つて、旗の文と成したる由見えたり、但し如何なる故お以て、日月の字お用 て、嫡家と二男家と分つて、旗の文と為たると雲事は記されず、猶可尋明事なり、
右一つ引両、二つ引両と雲事、引両の義詳ならず、或設に雲、横に黒く引たるお竜蛇の形象にとり、上天騰蛇の勢に拠れりと雲ふ義にて、一つ引竜、又二つ引竜の謂ひおもて、引竜の竜お両に書くは、仮字の借字なりと雲へり、〈○註略〉然れども此引竜と雲ふこと、旧記の拠るべき事なければ、信用しがたきもの也、謹で考るに、〈○大塚嘉樹〉引両の両字は、霊字の義にて、引霊なり、其拠るところは、胡曹抄に〈桃華蘂葉の中に胡曹抄あり〉天子御袍の文、竹桐御両鳳とあり、是お権記に考るに、〈藤原行成卿の御記録なり〉天子御袍の文、竹桐五霊鳳と書したり、是五は御、両は霊にて、二字共に、其字音お借りたる仮名書なり、〈胡曹抄以下の文は、野宮定基卿の御勘物にあり、〉と見えたり、抑一引両二引両は、日精月精の二霊なりと有れば、全く一つ引霊、二つ引霊なり、日精月精お霊と雲ふ事は、天照大神お大日霊貴と雲ひ、月読尊お月精霊貴といふが如く、霊とは日月精霊の事にて、其霊の字お両と字画の省略にて借り用いたるものなり、去れば実には一つ引霊、二つ引霊なり、〈○中略〉且日精お大中黒とて、一文字引は 字の形象、につ引両お二文字引は字の形様なり、是も亦上に雲へる軍器考に引れたる、日月の謂ひにて、考へ察すべき事なり、