[p.0561]
太平記
十六
新田殿湊河合戦事
楠〈○正成〉巳に討れにければ、将軍〈○足利尊氏〉と左馬頭〈○尊氏弟直義〉と一処に合て、新田左中将に打て懸り給ふ、義貞是お見て西の宮よりあがる敵は、旗の文お見るに、末々の朝敵共なり、湊河より懸る勢は、尊氏義直下覚る、是こつ願ふ所の敵なれ、〈○中略〉是義貞が自当るべき処也とて、二万三千余騎お左右に立て、将軍の三十万騎に懸合せ、兵刃お交へて、命お鴻毛よりも軽ぜり、〈○中略〉両方の勢共、今はいつおか可期なれば、四隊の陣一処に挙て、敵と敵と相交り、中黒の旗と二引両と、巴の旗と輪違と、東へ靡き、磯山風に翩翻して、入違ひたる計にて、何れお御方の勢とは見え分かず、新田足利の国の争ひ、今お限りとぞ見えたりける、