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太平記
十七
山門攻事附日吉神託事
屏の上より見越せば、是こそ大将〈新田義貞〉の陣と覚えて、中黒の旗三十余流、山下風に吹れて、竜蛇の如くに翻りたる其下に陣屋お双て、油幕お引、爽に粧たる兵二三万騎、馬お後に引立させて、一勢一勢並居たり、無動寺の麓、白鳥の方お向見上たりければ、千葉、宇都宮、土居、得能、四国中国の兵、こヽお堅めたりと覚えて、左巴、右巴、月に星、片引両、傍折敷に三文字書きたる旗共、六十余流木々の梢に翻て、片々たる其陰に、甲の緒お縮たる兵三万余騎、敵近付かば、横合にかさより落さんと轡お双て磬たり、又湖上の方お直下たれば、西国北国東海道の、船軍に馴たる兵共と覚て、亀甲下濃の瓜の紋、達銭、三星、四目結、赤旗、水色、三粼、家々の紋画たる旗三百余流、塩ならぬ海に影見えて、漕双べたる舷に、射手と覚えたる兵数万人、掻楯の陰に弓枝お突て、横矢お射んと構へたり、