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長倉追罰記
同年〈○永享七年〉十月廿八日、結城宇都宮相続、籌おいばくの中に廻し、長倉遠江守開陣畢、彼の遠江守名お日本に上、誉お八州に振、此時某打めぐり、次第不同にうちながすまくのもんおぞかぞへける、御所の陣かとおぼしくて、梢の冬のなか空に、桐のまんまく二引、御一家もみなこれ同じ、竹に雀は上杉殿御両家、九ともへは長尾が紋、水色に桔梗は土岐の紋、斎藤がなでしこ、鹿は富樫之介、伊勢国司北畠殿のわりびし、大内介がからびし、甲斐武田とわかさの守護は武田びし、半月に丸びしは興津左衛門、越前の織田と、由佐の河内守が瓜の紋、秋元も是お打、朝倉が三つもつかう、飛騨国司姉小路殿は日光月光、月に九えうは千葉之介、八えうは上総介、三引両は三浦之介、小山は左巴也、朝比奈も是同じ、但遠江の朝比奈はけんびし也、宇都宮は右巴なり、行方岡部も是お打、永井と那波は三星に一文字にて、昔の因幡守広元が末葉毛利の一家にて、一品と雲字の表体也、三文字松河は赤松と小笠原、四つ目結は佐々木判官、十六目結は本間四郎、海老名は庵に瓜のもん也、松に鶴は高井左衛門、さんきにさるは洲西がもん、牛の尾がへふねつる、楠浦加、月にほし、極楽寺が水車、三本杉は狩野介、但たかの羽お打事も有、山中がさがりふじヽめひきかごは松田がもん、葛西はかしは大石の源左衛門はいてうの木、五ふん筋は結城七郎ヽ但卜もへお打事も有、永楽の銭は三河の国水野が紋、中条はさヽの丸、あしなしすはま小田の大輔、しヽにぼたんは多田の三郎、萩の矢も是おうつ、かぶら矢は武蔵国の住人太田源次郎也、十六葉の菊のもんは野田福王がもん也、団に菊は児玉たう、簗田はあほひ、わちがひは高家のもん、たてつなは二階堂、同六郷も是お打、しゆろの丸は富士の大宮司、きぼたんは杉がもん、内藤備前がりうごにてまり、楠薬師寺が菊水、小山の薬師寺がともえの紋、久下は一番と雲文字、あげはのてうは伊勢守、ひろなりも是お打、まひさきは御櫛のもん、北条殿三うろこ、同横井も是お打、大極入道は巴のもん、緒方佐伯も是同じ、神保が藤の丸、椎名がおもだか、大戸羽尾が飛つばめ、十文字は島津左馬頭、一文字伊東六郎、鷹の羽は菊池もん、熊野鈴木は稲の丸に榊也とひなり、鱸はまな板にまなばし、三河鈴木は藤の丸、大すながしば、泉安田、三本からかさ名越の紋、小もんの皮は秩父どの、かりがねは安倍どの、八つぼしは飯塚、すみおしきに三文字は伊予の国の河野一党、備前こじまは品の字、駿河小嶋は八の字、下総の境はともへ、是は千葉のぞうとかや、さヽりどうは石川、もつかうは熊谷、車は伊勢の外宮の宮方榊原が紋也、鳥居のもんは八幡の神職宮崎の法印が紋也、七星は望月、梶の葉は諏訪のほうり、三たうしは皆岐の八郎、宮原も是お打、矢はづぐるまは服部、松に月は天野藤内、帆かけ舟は熱田大宮司、山城がすなかし、水にかりは小串五郎、粟飯原がかやくのもん、ひしつるは南部がもん、庵のうちの二頭のまひ鶴は天智天皇の後胤葛山備中守、御所も是お打、扇に月の書たるは常陸の佐竹がもん也、地黒菱は板垣、松皮に釘貫は阿波の三好がもん也、一宮は日雲也、左巴は下枝の紋、まひ違雁は櫛置のもん、根引松は常葉のもん、下条は梶の葉、折野は木瓜、坂西は丸のうちにまつかはのもん也、山中は日扇、溝口は井桁、但三葉がしはお打事も有、高畠は違かぶら矢、松尾は九の中にまん字、二木はちぎりお打、松岡は瓜のもん也、赤沢は松皮に十文字、遠州の小笠原、松皮菱に、水落九曜星は標葉也、山辺西牧は梶の葉お打、犬耳平瀬嶋は一党甃、後聴はまひちがひの鶴おうつ、其外幕の数々、当世はやる国々の作り名字の幕づくし、うてほうたひに立ならぶ、