[p.0568]
雲萍雑志

予〈○柳沢里恭〉がいとけなき時までは、忍び提灯といふものありて、貴人の私用にしのびて夜行などせらるヽ折などは、提灯に替りたる紋おしるしてともせしが、その事流布して、誰も誰もかはり紋おつけざる者なし、これはもと、人にその人としられまじき為の用意なりとぞ、されば公卿武家に限るべし、旗に紋お染め、幕に紋おつくるは、誰某と知らするためなり、農人町家までも今は紋ありて、定紋のあらそひあれども、もとより農夫商賈などには、紋はなきはづなり、羽織といふものは、道服にて礼服にあらず、これに紋おつくること、いよ〳〵いはれなしとおもひぬ、世の中のうつり行ありさま、多くはみなかくのごとし、