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貞丈雑記
二/人名
一名といふは、名乗の事也、字といふは、常によぶ名の事也、然れども日本には、あざなといふ物なし、唐人にばかりあざ名はある也、今日本にて、何太郎、何次郎、何兵衛、何左衛門、其外百官名の類は、字といふ物にはあらず、是おあざなと心得たる人あるはあやまり也、いにしへ文屋康秀(ぶんやのやすひで)が字は、文琳(ぶそりん)といひ、平貞文(さだぶん)が字は、平仲(へいちう)、曾禰好忠(そねのよしたゞ)が字は、曾丹(そうたん)といひける由古書にあり、是もたま〳〵の事にて、其比おしなべて、人々字ありしにはあらず、名〈卜〉字のに〈つ〉おわけて、くはしく雲ふ時は右の如し、後世には、それまでの吟味もなし、名字(みやうじ)といふ時は、たヾ人の名の事也とばかり心得べし、物の本お知ざれば、まよふ故記之、