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松の落葉

何右衛門何左衛門といふ事
今の世の人のあざなに、何右衛門なに左衛門といふ事のよしお考るに、こはみかどにて左衛門右衛門などのあまたありて、まぎらはしきお、平氏の右衛門おば平右衛門、藤原氏にて内舎人かけたる左衛門おば、藤内左衛門などいひてよびつるにて、左衛門右衛門はもと官なれど、かくつらねて字のやうにいひなしたるがはじめにて、のち〳〵はしもざまにて、その官ならぬ人にもいへるなり、甲陽軍鑑に、そも〳〵男が四十五十にあまり、赤口関左衛門、寺川四郎右衛門などヽ、官途受領まで仕る侍が雲々といへり、赤口寺川は今名字といふものにて、それおもつらねいふさま今の世と同じ、たヾし官途受領といへるおみれば、朝廷に申てなり、わたくしにものせるにはあらず、かヽれば今の世のならひにしたがふとても、むげにいやしきものつくる民、あき人などのあざなには、こヽろしてつくまじき事なりかし、