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平家物語

月見の事
まつよひの小侍従と申す女房も、この御所〈○太皇太后藤原多子〉にぞ候はれける、そも〳〵此女房お、まつよひとめされける事は、ある時、御前より、まつよひ帰るあした、いづれかあはれはまさるとおほせければ、かの女房、
まつよひのふけ行かねのこえきけばかへるあしたの鳥はものかは、と申たりけるゆえにこそ、まつよひとはめされけれ、大将〈○藤原実定〉この女房および出て、むかし今の物語どもし給ひて後、〈○中略〉さる程に、夜もやう〳〵あけ行けば、大将いとま申しつヽ、福原へぞかへられける、ともに候、蔵人おめして、侍従が何と思ふやらん、あまりに名ごりおしげに見えつるに、なんぢ帰て、ともかくもいふてこよとのたまへば、蔵人はしりかへりかしこまつて、是は大将殿の申せと候とて、
物かはときみがいひけん鳥のねのけさしもなどかかなしかるらん
女房とりあへず またばこそふけ行かねもつらからめかへるあしたの鳥のねぞうき、蔵人はしり帰て此よし申たりければ、さてこそなんぢおばつかはしたれとて、大将大にかんぜられけり、それよりしてこそ、物かはの蔵人とはめされけれ、