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善庵随筆

今の俗名といへるもの、吾日本にて、古へ字といふものに当る、万葉集第十六、本朝世紀、奥羽軍記等に載する所証すべし、〈本朝世紀康治二年記曰、六月十三日戊戌、源頼盛、字檜垣三郎、源惟正、字辻三郎、忽企合戦雲々、〉中古文政行はれしより、搢紳家も、文あんば漢土に擬して、名の外に字といふもの出来す、左れども爵位官職と実名にて通用すれば、人毎に字あるにも非ず、好事の上より私に文詞上に称せしまでなり、故に鎌倉時代の頃までは、民間にて、やはり今の俗名お字と称せしこと、古文書等に毎々見ゆ、慶元以来、文人学士は、必ず俗名の外に、唐人同様に字あることなれば、今更に古の例お用ひて、俗名お字ともいひがたし、左ればとて俗名俗称の字は、和漢とも所見なし、因てたヾ称と書きたらば、当りさはり無かるべし、