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撈海一得

今婦人の名に、阿の字お冠らしむることは、〈たとへば政子と雲お、おまさと雲がごとし、〉太平記に、高師秋が、菊亭殿に在し阿才と雲女お奪し事あれば、四五百年以降のことヽ見えたり、今の清にても、女お呼ぶに阿お付ると雲、日知録に、隋独孤后、謂雲昭訓為阿雲、今閭巷之婦、亦以阿挈其姓也と、〈姓お挈くとは、たとへば源氏の女はお源と雲、藤氏なればお藤と雲なり、〉又此類の阿お、韻会小補に音屋とし、字彙補に阿葛切として入声に呼、今の儒生、蒙求お説、開巻第一義に、阿戎お屋戎と読て、初学の聞お悚す、是も日知録に、阿字、今南人読為入声非也と雲り、げにも輟耕録に、平韻の詞曲に入韻お通押せるお挙て、中州呼入声如平声と雲は、方音にて紛るとみえたり、其詳なるは此方にて知れぬことなれば、昔より読来りし如く、あ戎と読て、人の耳お驚さぬがよし、阿難尊者お屋難尊者、阿弥陀仏おあつみた仏とは雲れぬ也、和読要領にも、義に与ぬことは、人の聞お驚さヾるがよきと雲、