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明良洪範
十五
酒井備後守忠勝、領地お賜はりしに、其領地の内に、備後村と雲村有て、其村長お備後と雲、郡奉行某、右村長備後方へ達しけるは、領主の名お備後守と申すに、其領内の者、備後と申ては、領主と同然也、早々改名すべしと達しける所、かれこれ迷惑の趣きお申、改名せず、其後備後守、領内巡見の節、かの村長に、直に申されけるは、其方の名と吾名と同然なれば、其方改名して然るべしと申されければ、村長答て、私家は、往昔より代々備後と申して、此村に住居致候故、村名迄、既に備後村と申候、殿は幾代あとより備後守と仰せられ候哉、其年数は存じ申さず候へども、当所の御領主になられ候は、昨今の事に候、されば旧き私方にて改んより、新き殿の御方にて御改めなされ然るべきやに存じ候と雲、此村長、正直律義の一こく者と雲事、備後守、兼て聞居ければ、今村長が答お聞て、莞爾として、成程其方の申所猶也、我早速改めべきなれど、我は上より拝領の名なれば、此方心任せには改め難し、されば其方も改るに及ばず、此方も改むべからず、其方は村長の備後、此方は領主の備後也と申て、すませられしと也、神君其事お聞召され、備後守が寛仁大度お賞し給ひけると也、