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東雅
十六樹竹
素盞烏神、出雲国に天降りまして、韓郷の島は金銀あり、吾児しらすべき国おして浮宝あらず、これよからじとのたまひて、鬢鬚の毛お抜き散して、杉檜余樟柀となし給ひ、また啖ふべき八十木種おば、皆能播生(しきはや)さる、五木猛神、妹大屋津姫、抓、津姫、神三柱の神、又よく八十種の木お分ち布き、紀伊国に渡し奉る、即此国に所祭の神是也と、旧事紀日本紀に見えたり、上古の俗、木お呼でけと雲ひしと見えしは、彼神の髪毛より出でし所なるおいふなるべし、紀伊国お木国と雲ひしも、亦此等の義によれりと見えたり、凡木お呼びてけといひ、きといふが如き、皆これ相転じて雲ひしなり、されど是よりさき、陰陽二柱の神生み給ひし木神草祖等の如き神、また鳥石楠船神などいふ神も見えて、日神天磐屋戸にこもり給ひし時、天の香山の賢木、天之婆々迦、また手負帆置彦狭知の神の瑞殿お造られし大峡小峡之材ありと見え、また彼の神の斬り給ひし八岐大蛇の身には、蘿お生じ、松柏榲檜の背上に生ひしなどもしるされしかば、其髪毛おもて化し生ふし給ふお待たずして、是等の物どもおのづからありけるなり、凡そ太古の事の如きは、各みづから〓へ聞きし事お雲ひつぎ語りつぎし所なれば、其説同じかるべきにもあらず、強て其義お求むまじき事なり、倭名抄木竹の部に見えし所、釈すべき事あるおば、こヽに釈しつ、其名義或は知るべからず、或は自ら明かなる、釈すべからず、椶櫚おすろといひ、陵苕おのせうといひ、木蘭おもくらにといひ、皂莢子おさいかしといひしは、並に其字の音の転じて呼びしなり、厚朴おほヽかしはのきといふが如きは、ほヽは朴の字の音お転じて呼び、かしはとは其葉おいひしなり、五加おうこきといふが如きは、うこは五加の漢音おもて呼び、きは即木也、合歓木お子むりのきといひしが如きは、その朝舒暮斂おいひて、また万葉集にかうかといひしは、其字音お転じて呼びしなり、是等の類、また釈するにも及ばず、其余古より此かた、世の俗いひつぎし所の如きは、悉く挙るにいとまあらず、