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謡曲
高砂 〈わき詞〉抑是は九州肥後の国、阿蘇の宮の神主友成とは我事也、我いまだ都おみず候程に、此度思ひ立みやこに上り候、又よき次なれば、播州高砂の浦おも一見せばやと存候、〈◯中略〉所は(上歌)は高砂の〳〵、尾上の松も年ふりて老の波もよりくるや、木の下陰の落葉かくなる迄命ながらへて、猶いつまでかいきの松、それお久しき名所哉〳〵、〈わき詞〉里人お相待処に老人夫婦来れり、いかに是成老人にたつぬべき事の候、〈して詞〉こなたの事にて候か、何事にて候ぞ、〈わき〉高砂の松とは何れの木お申候ぞ、〈して〉唯今木陰お清め候社高砂の松にて候へ〈わき〉高砂住の江の松に相生の名有、当所と住吉とは国おへだてたるに、何とて相生の松とは申候ぞ、〈して〉仰のごとく古今の序に、高砂住の江の松も相生の様に覚えとあり、去ながら、此尉は津の国住吉の者、是成うばこそ当所の人なれ、しる事あらば申さ給へ、〈◯中略〉〈わき〉謂お聞ば面白や、扠々さきに聞えつる相生の松の物語お、〈詞〉所にいひ置いはれはなきか、〈して詞〉昔の人の申しは、是はめでたき世のためしなり、〈つれ〉高砂といふは上代の万葉集のいにしへのぎ、〈して〉住吉と申は、今此御代に住給ふ延喜の御事、〈つれ〉松とは尽ぬことの葉の、〈して〉栄えは古今相おなじと、〈二人〉御代おあがむるたとへ也、〈わき〉よく〳〵きけば有難や、今こそ不審はるの日の、〈して〉光りやわらぐにしの海の、〈わき〉かしこは住の江、〈して〉援は高砂、〈わき〉松もいろそひ〈して〉春も〈わき〉長閑に〈上歌同〉四海浪静にて、国も治まる時津風、枝おならさぬ御代なれや、あひに相生の、松こそめでたかりけれ、実やあふぎても、ことも、おろかやかヽるよに、すめる民とて豊かなる、君の恵みぞ有難き、〳〵、〈◯下略〉