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関の秋風
此頃桑名長寿院の元より澀なし榧といふお送りぬ、珍しき物なり、されどもしぶなしてふは名のみなるべし、こと〴〵しき名かなとほヽえみて開き見れば、実も常よりはいと美し、割りて見ればしぶの衣はなくて、白妙のはだへ顕れたり、見るものみな驚く、其箱の傍に書きたる物あり、ひらき見れば祖公御馬上にて接ぎ給ひし木なり、其後いかに実お植え枝取りても、おほく生ひ出でず、生ひ出でヽもかるヽまヽ、今は其樹の霊おしりて、枝など折り取るものもなしとかや、いとたふとき事なり、予〈◯松平定信〉常に榧の実おこのみてくふ、祖公も好み給ひきといふ人のありければ、藩翰の任おあぐる事、いかで祖公の烈に従ふ事か、はじかみ好むとてひじりとはいかでいはんといひき、予が定信といふ、祖公もしばしが程はかく称し給ひしよし、予号お旭峯と雲ひ、祖公も俊峯と号し給ひしよし、いづれも後に知れたり、偶中とやいはん、なほ不才おはぢぬ、