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古事記伝
三十二
加之波(かしは)と雲は、もと一樹の名には非ず、何樹にまれ、飲食に用る葉お雲り、故書紀仁徳巻に、葉字お書て此雲箇始婆とあり、然るに又某賀志波(なにがしは)と名負たる樹も、古より彼此とあるは、あるが中に常によく用ひたるどもお、然は名けたるなり、〈古書どもに、加志波に柏字お用ひたるは、いかなる故にかあらむ、和名抄には槲字お出して、和名加之波とあり、此は何の木お雲るにかあらむ、おぼつかなし、若は今世にもはら加志波と雲木あるそれにや、〉凡て上代には飲食の具に、多く葉お用ひしことにて、〈後にも万葉二に、家有者、笥爾盛飯乎、草枕、旅爾之有者、椎之葉爾盛などもあり、〉飯お炊くにも甑に葉お敷もし、覆ひもして、炊きつるから、炊葉の意にて加志波とは雲るなり、比羅伝(ひらで)と雲器も、書紀に葉盤と書れたる如く、葉以て造れる物なり、又膳夫(かしはで)と雲も、飲食の葉お執あつかふからの名なり、伊勢物語に海松お高坏に盛て、柏おおほひて出しけるとある類も、古のさまの遺れるなり、