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今昔物語
三十一
近江国栗太郡伐大柞語第三十七 今昔、近江国栗太の郡に、大きなる柞の樹生たりけり、其の囲五百尋也、然れば其の木の高さ枝お差たる程お思ひ可遣し、其の影朝には丹波の国に差し、夕には伊勢の国に差す、霹靂する時にも不動ず、大風吹く時にも不揺ず、而る間其の国の志賀栗太甲賀三郡の百姓、此の木の陰お覆て日不当ざる故に、田畠お作得る事無し、此に依て其の郡々の百姓等、天皇に此の由お奏す、天皇即ち掃守の宿禰等お遣て、百姓の申すに随て此の樹お伐り倒してけり、然れば其の樹伐り倒して後、百姓田畠お作るに豊饒なる事お得たりけり、彼の奏したる百姓の子孫、于今其の郡々に有り、昔は此の大きなる木なむ有ける、此れ希有の事也となむ語り伝へたるとや、