今昔物語

二十四

震旦僧長秀来此朝被仕医師語第十　今昔、天暦の御時に震旦より渡たる僧有けり、名おば長秀となむ雲ける、本医師にてなむ有ければ、鎮西に来けるが、居付て不返ましかりければ、京に召上て医師になむ被仕ける、本止事無き僧にて有ければ、梵釈寺の供僧に被成て公家に被召仕けり、然て年来お経る間に、五条と西の洞院とにの宮と申す人御ます、其宮の前に大きなる桂の木の有ければ、桂の宮とぞ人雲ける、長秀其宮に参て物申し居る程に、此の桂の木の末お見上て雲く、桂心(○○)と雲ふ薬は此国にも候けれど、人の否不見知〈◯知原脱、今拠一本補、〉ずこそ候けれ、彼れ取り候はむとて童子お木に登せて、然々の枝お切下せと雲へば、童子登て長秀が雲ふに随て切下したるお、長秀寄て刀お以て桂心有る所お切取て宮に来けり、少しおば申し給はりて薬に仕けるに、唐の桂心には増て賢かりければ、長秀が雲けるは、桂心は此国にも有ける物お、見知る医師の無かりければ、事極めて口惜き事也となむ雲ける、〈◯雲ける三字原脱、今拠一本補、〉然れば桂心は此国にも有けるお、見知れる人の無くて不取なるべし、長秀遂に人に教ふる事無くて止にけり、長秀止事無き医師にてなむ有ける、然れば長秀薬お造て公に奉たりけり、其方于今有となむ語り伝へたるとや、