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古事記伝
十六
木花之佐久夜毘売、上に大山津見神之女、木花知流比売と雲もあり、名意、木花は字の意の如し、佐久夜は、開光映(さきはや)の伎波お切めて加なるお、通はして久と雲なり、〈若子(わかご)お和久碁と雲類なり〉さて光映(はえ)お波夜と雲は、上なる下照比売の歌に、阿那陀麻波夜とある波夜の如し、〈◯註略〉かくて万の木花の中に、桜ぞ勝れて美き故に、殊に開光映(さきはや)てふ名お負て、佐久良とは雲り、夜と良とは横通音なり、〈小児のいまだ舌のえよくもめぐらぬほどの言には、良理流礼呂も夜伊由延余と雲て、桜おも佐久夜と雲、これおのづから通ふ音なればなり、◯中略〉されば比御名も、何の花とはなく、たヾ木花の咲光映ながら、即主と桜花に因て然雲なるべし、やヽ後には、木花と雲て即桜にせるもあり、古今集序の歌に、難波津に咲や木花とある是なり、〈これも何の花となく、ただ木花ともすべけれど、然にはあらず、又梅花とするは由なし、そは冬隠今は春べとヽ雲語お、あしく心得て、おしあてに定めたるひがごとなり、◯中略〉又万葉八〈廿丁〉に、藤原朝臣、広嗣、桜花贈娘子歌に、此花乃雲々、和歌(こたへたる)にも此花乃雲々とよめる、是は贈る花お指て、〈字の如く〉此花と雲る物ながら、桜お木花と雲から、其お兼たりげに聞ゆるなり、さていよヽ後には、たヾ花といへば、もはら桜のことヽなれり、〈それもおのづから上代の意に協へり〉