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玉勝間

花のさだめ 花はさくら、桜は山桜の葉あかくてりてほそきが、まばらにまじりて、花しげく咲たるは、又たぐふべき物もなく、うき世のものとも思はれず、葉青くて花のまばらなるは、こよなくおくれたり、大かた山ざくらといふ中にもしな〴〵の有て、こまかに見れば、一木ごとにいさヽかかはれるところ有て、またく同じきはなきやうなり、又今の世に桐がやつ八重一重などいふも、やうかはりていとめでたし、すべてくもれる日の空に見あげたるは、花の色あざやかならず、松も何もあおやかにしげりたるこなたに咲るは、色はえてことに見ゆ、空きよくはれたる日、日影のさすかたより見たるは、にほひこよなくて、おなじ花ともおぼえぬまでなん、朝日はさらなり夕ばえも、