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古今著聞集
十九草木
宇治殿、四条大納言公任卿と、春秋の花いづれかすぐれたると論ぜさせ給ひけり、春はさくらおもて第一とす、秋は菊おもて第一とすと、宇治殿仰られければ、大納言梅の候はんうへは、さくら第一にてはいかヾ候べきと申されければ、梅と桜との論に成て、自余の花のさたは、つぎになりにけり、大納言恐おなして、つよく論じ申されずながら、猶春のあけぼのに、紅梅の艶なるいろすてられがたしと申されける、優にぞ侍ける、江記に見えたり、 長元元年十二月廿二日、昭陽舎のさくらお一本、清涼殿ひがしきたの庭にうつしうえられけるに、殿上人どもおりたちてふみいためけり、いと興ある事也、むかしはかやうにあちこちほりわたし、又はじめてもうえられける、ちか比はかぎりある木の外へ、うへらるヽ事もなきにや、 長治二年後二月二十日あまりの比、内の女房殿上人せう〳〵花お見侍りけるに廿三日に一枝おおりて奉るべきよし、天気ありけれ共、日くれて奉らざりけり、其うらみ有とて、次の日左右おわかちて花お合られけり、左方の人々桜の枝お折て、えもん陣の後にうつしたてヽ、五枝おえらびてもて参けり、備後介有賢朝臣、柏子取て桜人おうたひけり、管絃おもつけ侍けり、比花お泉の御所にうつしうへて、つり殿にて御遊有けり、右方花おそかりければ、上達部五人おつかはされけり、洲浜にたてヽもて参けり、其後満座和歌お奉べき由、勅定有て、人々つかうまつりけり、〈為範記に見へたり〉