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草木六部耕種法
十九需実
桃(もヽ)亦種類多く、花おも賞玩する者にて、花には白、緋、紅、淡紅、千葉(やへ)、一葉(ひとへ)数十品の雅名有り、其事は上の需花編の条下に詳なり、此編は唯其実お需るの業なるお以て、実お肥大甘美にするの作法お精説するのみ、絶て花に拘ること無し、世に西王母と称する桃ありて、花穠(さかんに)実大に、味亦美し、此お第一の上品とす、又鎧透(よろひとほし)と呼者あり、此れも亦上品なり、今夫江戸近辺には、越谷、松伏等諸邑火しく桃お作り、頗百姓お利潤す、京大坂間にては、伏見の佐桃(さもヽ)五月桃、大臼桃(おほうすもヽ)、此三種上品なり、凡桃お作るには実大に味美き〓お多く取集めて種子と為べし、必ずしも名に拘ること勿れ、桃は実植に宜しく、其の苗お生長せしむるときは、三四年の間に必花お開き実の生者にて、接木するにも及ばず、能く繁栄す、故に果樹中に於て作法最無造作なり、然れども脂膠の甚多き者なるお以て、成長して四五年お経るときは、必起線鉋(みぞかんな)の細者お用て、竪に其の皮お傷べし、然せざるときは、其膠に搾られて其木衰弱し、或は枯死ること有り、又桃は実結初て八九年間は、漸々多く実お結ぶものなれども、其後は次第に実小なりて、品も下り、結ことも減ずる者なるが故に、年々実お栽て絶ざるやうにし、老木の宜しからざるは追々伐り去て、林お新にするお良とす、植地は必しも肥良お撰に及ばず、砂地、壌土、墳土も宜し、粘〓の強き土には宜しからず、新墾の畑には合はずして、熟畠は悪地にても能く応合す、此れお植る法は、能く熟したる大桃お肉ながら埋置ときは、翌春芽お出す者なり、苗六七寸に延たるは移植るも害なし、又其儘に成長せしむるも宜し、根辺の土お高して堅く蹈付て置べし、糞苴(こやし)お用ることお禁ず、糞養ずるときは、其の実小して味苦く、大に他の果木に異なり、