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擁書漫筆

いにしへより、山吹は実なきものとせしに、この二十年ばかりほどは、諸国に実のれるがおほしとて、このごろも小谷鳩谷がもとより、押花にしておこせたり、西蕃にも群芳譜果部巻之一に、棣棠、栘(はい)也、似白楊、江東呼為夫栘、一名郁李、一名鬱梅、一名雀梅、一名車下李、其花反而後合、凡木之花先合而後開、惟此花先開而後合、花正白亦或赤、花蕚上承下覆、有親愛之義、故以喩兄弟、周公所為賦常棣也、子如桜桃、六月熟可食、仁可入薬、〈◯中略〉など見えて、群芳譜に花正白或赤花としるせしものは実のれるよしなれど、花若金黄、一葉一蕊、生甚延蔓とも、金碗喜(きんえんき)木ともいへるかたは、実お結ぶさたなし、さて棣棠に三種ありて、一種白赤花開て子おむすぶものは、中国にたえてきこえず、金黄花といへるは、これすなはち八重山吹、金碗喜木は一重山吹になんありける、かゝれば山吹に実なれるは、いと〳〵めづらかなることゝいふべし、因にいふ、和漢朗詠欵冬(やまぶき)の詩に、清慎公の点著雌黄天有意、欵冬誤綻暮春風と作られしお、集註二の巻にたすけて解たれど、こは和名抄草類部にも、欵冬一名虎鬚、和名夜末不々木、一雲夜末布木、万葉集雲山吹花など混雑てしるして、そのころ訓のおなじきがゆえに、おもひひがめし也、これよりやゝふるき本草倭名には、欵冬お九の巻草部中に、和名也末布々岐、一名於保波(おほば)とて出し、新撰字鏡には〓の字お、木部に山不支(やまぶき)と訓て載たり、万葉集にも仮名に書き、または山吹山振(やまぶき)なども書たれど、欵冬と書るは一所もなし、さればいとあがれる世には、草属の欵冬お木属の棣棠とは字おあやまらざりし也、亦按に欵冬は也末不々木と五言にいひ、棣棠は山不支と四言にいふべき例也、ふゞきといへる語意は、已に余〈◯高田与清〉が著せし棟梁集の自注に釈たれば、こゝに贅せず、