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古事記伝
二十五
此に縵(かけ)と雲るは、蔭橘子(かげたちばな)と雲物、矛と雲るは矛(ほこ)橘子と雲物なり、其は内膳式に橘子四蔭、また橘子二十四蔭、桙(ほこ)橘子十枝(えだ)、また、橘子四蔭、桙橘子十枝、また橘子三十六蔭、桙橘子十五枝、掇(ひろ)橘子一斗、また橘子四十五蔭、掇橘子二斗二升五合、斎宮式にも橘子十蔭などある是なり、〈これには、たヾ橘子若干蔭(いくかげ)とあるお、今おして蔭橘子と雲ゆえは、桙橘子と並べ雲る其桙橘子は、正しく此の予八矛とあるに当るお、其に対へて若干蔭と雲るなれば、其ももとは蔭橘子と雲しこと、此と相照して知べし、然るお式のころは、若干蔭といへば、蔭橘子に限れる故に、蔭おば略きて、たヾ橘子と雲るなり、桙橘子はそのころは若干矛とは雲ざりし故に、旧のまヽに桙橘子といひしなり、〉其は各一種の橘の名には非ず、同じき橘ながら、採ざまの異あるなり、其状はいかなりけむ詳ならねど、今其名に就て按ふに、蔭橘子とは枝ながら折採て、葉も付ながらなるお雲なるべし、凡て葉ある樹おば常に蔭と雲へばなり、〈大神宮式、麻績等(おみとの)機殿祭料雑物中に、麻三十鬘(かけ)囲二尺為鬘とあり、此鬘もかげと訓べし、さて凡て麻の量は、若干斤と雲る例なるに、たヾ此にのみ鬘とあるはゆえあるべし、思に此も葉お著ながら用る故にかく雲か、其用るさまお知らねば定めがたけれど、是は麻績の祭なれば、麻お用ること、他祭などヽは異なるべき由もあれば、葉つきたるまヽお用ることもあるべきなり、若し然らば此の蔭橘子と同じ心ばへなり、思ひ合すべし、〉桙橘子とは、やヽ長く折たる枝の葉おば皆除き去て、実而已著たるお雲なるべし、其は其状上代の矛の形に似たることぞありけむ、〈たとひ甚く似ずとも、さる状の物は矛と雲つべし、さて掇橘子と雲は、落たるお拾取たる意の名にて、枝も葉も付ざるお雲なるべし、故此は若干若干升とあるなり、〉さて蔭橘子矛橘子お此にはたヾ縵(かけ)又矛(ほこ)とのみ雲て、橘子と雲ざるは、上に既に登岐士玖能迦玖能木実(ときじちのかくのこのみ)と雲、採其木実とも雲れば、更に又其名おば雲ぬぞ雅語の例なる、