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古事記伝
三十二
波那多知婆那波(はなたちばなは)は花橘(はなたちばな)者なり、書紀には下の波字なし、橘の事は玉垣宮段に委雲り、〈伝二十五の末〉万葉十〈二十一丁〉に、香細寸花橘乎(かくはしきはなたちばなお)、十九〈十六丁〉に、花橘乃香吉(はなたちばなのかぐはしき)、二十〈二十七丁〉に、多知波奈乃(たちはなの)、之多布久可是乃(したふくかぜの)、可具波志伎(かくはしき)、