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草木六部耕種法
十九需実
柑類は其種類頗多し、先橘子(みかん)、柑(くねんほ)、枸櫞(ぶしゆかん)、包橘(かうじ)、柚子(ゆず)、橙(だい〳〵)、金橘(きんかん)、朱欒(ざぼん)、紅柚(べにみかん)、瓜哇(じやがたら)柑等、皆悉熱帯の地に産するの物にて、第十三番以下気候寒冷なる国土に植るときは、大抵皆其実お需て作と雖ども、成熟すること能はず、翅に成熟すること能はざるのみならんや、必変化して枳(からたち)となること多し、故に樹芸お業とする者は、作物に応合する気候の番数お知らざれば、或は労して功なきこと有り、皇国も西海、山陽、南海、東海諸州は、其培養お懇到にするときは、柑類成熟することお得べし、其他諸州は此お植べからず、凡柑類の種子お植には、正月中旬に軟沙(やはすな)或墳土(うごもちつち)肥良なる畑に、一歩二条なる畦お作り、善種お撰て疎く散蒔(ちらしまき)にして土お四五分覆ひ、鍬にて圧付置くべし、芽お出して後旱ときは、時々泔水(しろみづ)お灑ぎ、九月より低棚お架て、上に稿筵等お被せ霜雪お避ぎ、春暖至て此お除き去り、其苗の厚き所お間引て、四寸隔ばかりにし、一尺以上に及びたる時に、春分以前植地お調置て移し植べし、植地は真土の肥沃たる山畑等に宜し、若埴土粘〓(はにつちねばりつよき)は軟沙お加へて調和し、其植たる後に根の傍一尺許の処に穴お二三処掘て、糞苴(こやし)お入れて上お覆ひ置くべし、若し木に虫お生ずること有らば、銅線にて刺殺し、或艾葉(もくさ)に硫黄お和して灸お焼(す)へ、若孔お生じたるは、硫黄と埴土とお和して其孔お塞ぎ、或は杉木お釘に削て、其孔お打塞ぐも、亦能く虫お絶す者なり、且又寒中或春分頃には、根辺お鍬にて耕把し、種々の糞養お用ひ、干魚(ほしか)は殊に宜し、斯の如くして六七年も培養するときは、実お結ぶに至る、然れども菓樹の実植にて佳実お多く結ぶ者は希なり、若其実善良ならざるおば、速に伐りて砧木(だいき)と為し、美味上品なる佳実お結ぶ、良木の枝お接木すべし、多年ならずして美味上品なる佳果お火しく結ぶの良木と為る者なり、〈◯中略〉柑類の果樹は何れも寒気に傷むこと甚きお以て、気候第十番以下の国土は、西北の方高くして風寒至らず、山南等温暖なる場所お撰みて栽べし、故に第十番以下の土地は、稚木の中は九月より棚お構(か)き、霜雪お除て寒気お防ぎ、温め養ふべし、大木と成て棚お構こと能はざるは、藁菰等にて緩裕に其幹お囲摎(まきつヽ)み、且根に糲(あらぬか)お集め置て此お温め、春分過て取り除くべし、又其寒お防ぐ棚及び藁菰礪等お去て、後十余日の中に根お去ること一尺許お、鍬子お以て土お穿把(ほりかへ)し、糞汁或干鰯(ほしか)汁等お澆て、其上に土お覆ひ置くべし、此の如くするときは橘子(みかん)、柑子(くねんぼ)其他柑子(ゆす)、橙子(だい〳〵)等、何れの柑類にても、皆火しく果実の豊熟する者なり、唯其気候第十三番より以下なる寒冷強き国土にて、冬は雪積る土地には柑類お作ること莫れ、労而無功なり、 今夫柑類の種子お蒔き、其苗お為立て、三年目に此お植地に栽え移し、其能く成長する勢の雄壮にして繁衍肥太する者お撰び、笛竹の太に至れば即ち伐て砧と為し、美果、良木の枝お接換(つぎき)し、其他衰弱なる栽木おば悉く抜き去りて其畑お清浄するお良とす、然れば種子お蒔たる春より接木するに至りて、大抵五年許年月お費すことヽ知べし、仮令ば其砧木に美味極良なる橘子(みかん)お接て、一段の地に二百本植付け、培養お懇到にし、糞苴お精細にして、成長せしむるときは、三年目には頗繁茂て、中には初花お発する者あり、四年目には或六箇七箇実お結に至る、是より以後は其勢漸々盛に為て、五年目には四五十も実お結び、六年目は一百許り、七年目は二百、八年目三百、九年目七八百、十年目には一千余の実お結に至る、一本の木に一千の実お結ぶときは、一段二百本の実大約二十万、これお五段作て一千本なるときは、其橘子都合一百万にて、此お一果銀二釐づヽに粥と雖ども、一百万の価銀二十貫匁〈金三百三十三両一歩銀五匁なり〉にて、史記貨殖伝に、江南千樹之橘与千戸侯斉其富と雲へるは即ち是なり、