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傍廂
前篇
九年母 神代より日向の小門の橘今もありて、いと大きくして、味の美なる事、橘柑中の最第一なり、後世にいたりて、蜜柑、柑子、金柑、柚、橙、枳穀などつぎ〳〵にわたり来ぬれど、上古の橘の片はしにも及ばず、そが中に九年母といへるは、垂仁天皇の御代に、田道間守といふ人お、常世の国につかはされて、時じくのかぐのこのみおとりよせ給ひしお、後世九年母といへる故は、御記の九十年春二月庚子朔、天皇命田道間守、遣常世国、令求非時香菓、今いふ橘これなりとありて、九十九年雲々、明年春三月辛未朔壬午、田道間守至自常世国、則賚物也、非時香菓雲々とある、九十年より九十九年の明年まで、十一年なるおつかはされし年と、かへりし年とお略きて、中九年なれば、九年母といふなるべし、母とはこの菓お乳柑といへれば、母と号けしならん、又九年お久年ともかけるは、橙おば代々といへるに同じ祝言なるべし、