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古今要覧稿
草木
さヾんくは 〈山茶華〉さヾんくははこれ山茶華の字音にして、即和漢通名なり、その一名お耐冬華、一名海紅華、一名玉茗華、一名茶梅といふ、今多く人家に植るものは、梅の風、口粉紅、根岸江、三国紅さめが井、雪の山、同じくその弁小なるもの、及び酔西施しんくの房薄紅の大弁小弁茶ばななどのたぐひ也、いはゆる根岸紅、三国紅は即海紅華にて、いはゆる薄紅のものは玉茗華、一名浅紅山茶也、其外数十種ありといへども、漢名のいまだ詳かならざるもの極めて多し、華の形はすべて茶の華に似て、最大にして単弁のもの多く、重弁のもの少なし、本邦にては、その花八月の末九月の比より咲そめて、十一月の半に至り、西土にては十月より咲そめて、年おへて二月の比までも咲つヾくよし、蓋し風土の異なるによりてなるべし、其葉の状又茶の葉に似て、大小の異同ありといへども、皆深緑色にして、霜雪お経て凋まざる事、なお茶葉の如し、扠大隅国都の城といふ所にては、家ごとに此樹五六十、或は七八十お植置て、その芽ざしお摘て茶に製し、以て日用のたすけとす、その香気芬芳常の茶よりも勝れるによりて、年若き女の神まうでなどする時は、まるぐけの帯お結び、手巾(てぬぐひ)ひきかぶりて、此茶お製せしお物につヽみて香袋に代用ゆるも、此ものヽ其地に生ずるは至て上品にて、殊に香気の勝れたるによりてのならはしなるもいとめづらし、且其実お採て油となすに、海石榴よりもその油多く出て、それお以て物おゆびき熟し食ふに、香気ありて味また麻油に勝れりといへり、又此樹は海石榴に似て、高きものは一丈許、低きものは二尺お過ずして、よく華さくものなるに、和漢三才図会に、遠州有山茶花大木、周三尺高三丈余といひしは、その産地今詳ならず、