[p.0586][p.0587]
東雅
十六樹竹
石楠草とびらのき 倭名抄に本草お引て、石楠草とびらのき、俗にさくなむさといふと見えたり、とびらの義不詳、さくなむさは其字の音お呼ぶ也、〈藻塩草には、石南草としるして、とべらのきと註せり、とびらといひ、〉〈とべらといふは、其語転ぜしなるべし、或人の説に、とびらのきといふは、俗相伝ふ、除日に民家の扉に此木の枝おさせば疫鬼お除ふといふ、さればとびらの木といふ也、とびらのきといふは、古く聞えし名なれば、古には夫等の俗もやありけむと、今の如きは、除夜にひヽら木又はしきみの葉などお門戸に挿む事はあれど、此物お用ゆる事は聞えず、今俗にとべらのきといふもの、本草衍義石楠の註には相合へり、即今東国山谷之間に生じて、其葉とべらといふものヽ如くにて長大なる、其花色白きものあり、紅なるものあり、一苞数花お開く、甚愛しつべし、其名おしやくなぎといふなり、或人それお石楠花なりといふなり、此物俗にとべらのきといふものには特に異なり、此もの倭名抄にいふ所なり、また倭名抄にいふ所の物、今いふとべのきならむには此もの古にはいかにやいふらむ、本草図経に、石南南北の地方によりて、其産する所同じからずと見え、また酉陽雑俎には、衡山有三色石楠など見えたれば、かしこにしても其いふところ同じからぬありとは見えたり、〉