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冠辞考
一阿
あしびなす 〈さかえしきみが〉万葉巻七に〈詠井〉安志妣成(あしびなす)、栄之君之(さかえしきみが)、〈◯中略〉安之妣は巻二十に、〈中臣清万呂の山斎にて〉伊蘇可気乃(いそかげの)、美由流伊気美豆(みゆるいけみづ)、氐流麻埿爾(てるまでに)、左家流安之婢乃(さけるあしびの)、知良麻久乎思母(ちらまくおしも)、巻十に、春山之(はるやまの)、馬酔花之不悪(あしびのはなのにくからぬ)、公爾波思恵也(きみにはしえや)、所因友好(よせぬともよし)、この外あしびおめでヽ手折とも、袖にこきれんともよめり、かくて花の照にほふ色も、春ふかく野山にさくなども、茵(つヽじ)に似たるさまによめるお思へば、木瓜(もけ)にぞ有ける、いかにぞなれば、其もけは字音にて、こヽの語ならず、東人のしどみといひて、且馬の毒也とする物ぞ是なる、かの伊波都々自(いはつヽじ)お羊躑躅とするに対へて、安志妣(あしび)お馬酔木と書るにてもしるべし、さて馬のこれお喰へば、酔て足なへとなるべし、其あしひとも、しとみともいふ語お考ふるに、病に志良太美(しらだみ)あり、貝に志多太美(しただみ)、草に毒だみといふ、太美は病の事也、さてその太美と度美と音の通ふに依に、志度美(しどみ)は安志太美(あしだみ)の安お略き〈太と度は同音也〉安志妣(あしび)は安志太美(あしだみ)の太お略ける也、〈妣の濁と、美の清とは常に通へり、〉後世の歌に、とりつなげ玉田よこ野のはなれこまつヽじまじりにあしみ花さく、とよまるもこれ歟、又後の俗のあせぼといふものおもて、古へのあしみお思ふは、いと誤也、