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碩鼠漫筆

馬酔木(あしみ)の説 万葉集巻二〈二十六丁左〉に、磯之於爾生流馬酔木乎(いそのうへにおふるつつじお)雲々、巻八〈十五丁左〉に山毛世爾咲有馬酔木乃(やまもせにさくるつつじの)雲々、巻十〈十右〉に、滝上乃馬酔之花曾(たきのうへのつつじのはなぞ)雲々、又〈十四丁右〉奥山之馬酔花之(おくやまのつつじのはなの)雲々、又〈十七丁右〉春山之馬酔花之(はるやまのつつじのはなの)雲々、巻十三〈二右〉に本辺者馬酔木花開(もとべはつつじはなさき)雲々と見えたるお、先達の考へにて安之比(あしび)と点お改めたるは、げに然る事也、さるは巻七〈十右〉に安志妣成栄之君之(あしびなすさかえしきみが)雲々、巻二十〈六十二右〉に安之婢乃波奈毛左伎爾家流可母(あしびのはなもさきにけるかも)、又〈同丁左〉佐伎爾保布安之婢乃波奈乎(さきにほふあしびのはなお)雲々、又〈同丁左〉氐流麻埿爾左家流安之婢乃(てるまでにさけるあしびの)雲々とあるに拠てなりけり、偖冠辞考雲、花の照にほふ色も、春深く野山にさくなども、茵(つヽじ)に似たるさまによめるお思へば、木瓜(もけ)にぞ有ける、いかにぞなれば、其木瓜は字音にて、こヽの語ならず、東人のしどみと雲て馬の毒也とする物ぞ是なる、彼伊波都々自(いはつつじ)お羊躑躅とするに対へて、安志妣(あしひ)お馬酔木と書るにてもしるべし、偖馬の是お喰へば酔てあしなへと成なるべし、其あしびとも、しどみともいふ語お考ふるに、病に志良太美(しらだみ)あり、貝に志多太美(しただみ)、草に毒だみと雲、太美は病の事なり、扠其太美と度美と音の通ふに依て、志度美(しどみ)は安志太美(あしだみ)の安お略き、〈太と度は同音なり〉安志妣は安志太美の太お略けるなり、〈妣の濁と美の清とは常に通へり〉後世の歌に、取つなげ玉田横野の放れ駒つヽじまじりにあしみ花さく、〈◯中略〉散木集註に、今案ずれば、あせみつヽじは共に馬毒なり、万葉集には馬酔木とかきてあせみともよみ、つヽじともよめり、可付何説乎、又ともに毒なればつヽじのおかにあせみさかばかたがたあしければ、かくの如くよめるか〈以上〉と見ゆれど、馬酔木には総てつヽじの点のみ見えて、あせみの点はふつになき事、既に上件に載たるが如し、但羊躑躅(もちつヽじ)の漢名お思へば、つヽじも実に馬の毒なるべし、偖又あせぼおあせみとしたるも、やヽ古き事とおもはる、新撰六帖第六衣笠内大臣の歌に、吉野川滝つ岩根の白妙にあせみの花も咲にけらしな、とあるお見るべし、されば彼本草啓蒙も亦此誤りお受て、巻三十二〈灌木類〉に〓木あしみ、〈万葉集〉あせぼ、〈古今通名〉馬酔木〈共同上〉あせみ、〈古歌仙台〉あせび、〈枕草子土州〉あせも、〈江戸〉あせぶ、〈播州豊前〉あせび、〈勢州〉よしみ、〈筑前〉あしぶ、〈雲州〉など〈猶あれど援に略す〉あれど、是に非ず、かかれば万葉なるは樝子(のぼけ)にて木瓜(もけ)も通用し、堀川百首なるは全く樝子およめりと治定したらむこそよからめ、