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海西漫録
初編二
枸〓和物(くこのあへもの) あるいきすぎたる老婆、寺の和尚およびて時おすヽめけるに、汁はよせ豆腐にきくらげ、平は椎茸長芋ゆばなどならん、つぼは枸〓のあへものなりけるに、和尚につきて来れる弟子十一二なりけるが、汁平には手おつけずして、先つぼなるあへものうち喰、半にもなりぬと思ふころ、老婆は是お見て、此御弟子様は、枸〓のあへもの好物と見えたり、あへものは沢山に侍り、汁平はのこし給ふてよし、あへものめし給へ、いざかへてまいらせんとて、つぼのかはりせんとするお、小僧はいなみて、よろしく候といひて辞退するお、老婆は無理につぼお取て、何御遠慮に及ばぬ事とて、あへもの山の如く盛て出しければ、小僧はしく〳〵泣出しけり、和尚咎て何故に泣ぞといふに、枸〓のあへものはきらひにて候へ共、膳につきたるものは何もかも残さぬやうにたべよと、平日和尚様にしかられ候故、いやなものからさきにたべかヽり候所、今またこのやうによそはれ候といひて泣けるとかや、