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西遊記
〓編二
孟宗竹〈◯中略〉都て暖国には竹よく生育す、寒国は竹にあしく、信濃の国には竹一本も生ぜず、甚だ不自由成事なり、桶の輪には竹にあらざれば協ひがたきゆへ、三河尾張より輪につくりて送り来り、甚だ高直なり、壁のえつりは山茅お用ゆ、大ひなる茅ある故に、多くは竹のかはりにこれお用ゆ、他より思ふとは格別にして、又相応にかへ用ゆるもの生ずるも天地の妙なり、それより北方越後、出羽奥州も南部領辺は、人民一生竹お見ざるもの有、太き竹は絶てなし、夫故人家の辺に、南国のごとく竹薮といふものなし、山中に笹あり、是も熊笹にて竹の用に立べきものに非ず、南国にては竹ほど人家の重宝に成るものはなく、一日なくて協はぬやうに覚ゆれども、斯の如く竹なくてもさのみ不自由なる様にも見えず、隻桶の輪のみ何方にても難儀に見ゆ、津軽秋田辺にては、榎の木の皮の様に見ゆるものお曲て、樺にてとぢ、桶として用ゆ、又太き木おくりぬきたるも見ゆ、辺土は人民にいとま多きゆへ、丁寧なる細工おしても用は足りぬにや、