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東遊記

竹根化(○○○)蝉(○)越前府中の南二里に、粟田部といふ所あり、〈◯中略〉此所に粟生寺といふ寺あり、天台宗にて坂本西教寺の末寺にて、頗る大寺也、此寺の住持は、余〈◯橘南渓〉が方外の親友ゆえ、北遊の時も、廿日計逗留せり、其前年の事なりし由、此寺の北面にある薮お堀開く事ありしに、竹の根こと〴〵に蝉に変化して、既に生気備はれり、動揺して早地上に出かヽりたるもあり、いまだ半ば竹にて、半蝉に変じかヽりたるもあり、色々ありて其数百千に及べり、初は小僧奴僕なども珍らしがりしが、あまり多きゆえ、後にはもてはやすともなく、住侍は生類お害せんことお憐れみ、又土に埋み蝉に化せしめられしとや、珍らしさに余も兎角して、二つ三つお求得て携へ帰れり、其中に背中より子生ひ出たるも有り、京に帰りて人に語るに、草の根の虫に変ずること多きもの也、竹の蝉に変ずるもある事なりといへり、誠に冬は虫に成り、夏は草になるものも、本草などにも見えぬれば、是等も其類ひにてやあらん、