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農業全書
二/五穀
畠稲〈又旱稲共、又いなかにては野稲とも雲、〉畠稲の種子も色々あり、土地所の考して、利分のまされるお作るべし、粳あり糯あり、其中に占城稲(ちやんはんいね)と雲は、糯にて米白く、その粒甚ふとく、穂の長さ一尺余もありて、其から大きに高くして葦のごとし、是畠稲の名物なり、土地にあひたる所にては、おほく作りて過分の利潤お見るべし、凡旱稲(ひでりいね)お作る地は、水田にしては水乏しく、又畠にして湿気ありて、両様ともに宜しからざる地に是おうゆれば、水稲にも勝れて実ある物なり、肥たる地は猶よし、大かたの土地にても、湿気ありて、少深く和らかなる地に宜し、糞のしかけ手入、取分ほどらひある物なり、心お尽して作るべし、苗地の事、冬よりくはしくこなし、雪霜にあはせてさらし置たるに、熟糞おうちおきて、籾お水に浸す事、三日にして取あげ、日にあて口の少ひらくお見て、灰ごえお用ひて、横筋お少深くきり、麦の蒔足(まきあし)ほどに、むらなくまき、土おおほふ事も麦に同じ、若地かはきたらば、うすき水ごえおそヽぎて、土おおほふべし、猶相つヾきて旱せば、其後も度々水おそヽぐべし、苗二三寸にもなりたる時、畦のたかき所おふみ付べし、但うるほひある時はふみ付べからず、同じく種子お蒔時分の事、二月半より四月まではくるしからず、さて移しうゆる事、甚肥たる地お好むにもあらず、荒しおきたるお、秋より度々耕し、細かにこなしおきて、苗の長さ七八寸なるお待て、がんぎお少ふかく切て、灰ごえお以て、葱おうゆるごとく、一科に三四本、磽地ならば四五本づヽうゆべし、かぶ殊の外ふとる物なれば、肥地ならば、かたのごとく薄くうゆべし、中うち芸り培ふ事、麦とかはる事なし、中うちの度ごとに色お見て、よく熟したる糞水おうすくしてかくべし、総じて甘味のつよき物なるゆへ、濃糞又はあたらしくつよき糞おば、必用ゆべからず、虫気する物なり、唐にて毎度旱損する国に、此旱稲のたねお、他国より求め来りて作りてより後、飢饉のうれへお助りたりと、農書に記せり、是占城稲のたねと見えたり、何れの村里にも、田には水乏しく、畠にしては湿気ありて、思ふやうに耕作のなりがたき所、かならずある物なれば、畠稲の作り様心あひおよく考へて作り試べき事也、思ひの外相応して、水稲の利分におとらざる事もあるなり、