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農業全書
二/五穀
麦麦は黒墳に宜しとて、黒土の性の強きお好みて、弱く薄き地は大麦によからず、〈◯中略〉麦地こしらへの事、畠ならば、夏ごしらへお、深く四五遍も耕し、細かにかきこなし、やすめおきて時分お待べし、田ならば、早稲の跡お、うるほひよき内に犂返し、少かはきたる時、把にてかきくだき、若塊かたく、くだけかぬるおば、土わりにて細かにうちくだき、畦作りし、後の作り物の勝手にまかせて、たてよこの筋お切べし、来年木綿其外夏物お作る地ならば間お広く、又麦お作らば少しせばく、猶土地の肥瘠により、肥地はひろく、磽地は麦のかぶしげらぬものなれば、そのこヽろえして筋おきるべし、但筋の底、薬研のそこのごとくにならぬ様に、底広にきる事肝要なり、底せばければ、たねもこやしも、小筋になりて麦の根一所に生じせりあひて、から細く弱く、風雨にたおれやすく、実りよからず、又がんぎ浅ければ、第一は風寒雪霜に痛みやすく、其上冬は陽気土中にあるゆへ、麦の根少しにても底に深く入て、暖かなる気に合て、おのづからはびこる事なれば、夏よりこなして、日によく当りたる細土そこに入て、蒔ときの肌糞とよく和合し、麦の立根是とつれて、底に深くいれば、冬中は上は寒気にせめられ、葉あかくなりて痛む様なれども、立根は却て底の陽気にあひ、はびこりて、春に至りて陽気地上に満る時、其温気お得て、思ひのまヽに盛長し、稈すくやかに強し、又根の土かひ厚ければ、少々の風雨にもたおれず、実りよき事疑ひなし、然るゆへに、麦畦お作り筋おきる事、深さ三四寸程に、底広にきるおよしとす、若がんぎのきりやうあしく、麦だね一所にかたまり生じ、一つ穴より多く生出たるは、後の手入なり難し、農人此所に懇に心お用ゆべし、非農人のならひにて、厚くしげきお貪り、間おせばく蒔たるは、中うち培ふ事もなりがたく、うへ物の足もとに、日風のとおる事なきゆへ、日かげ草のごとくにて、実り必うすき物なり、種子お下す時分の事、秋の土用に入てまくお上時とす、土用の終り、十月上旬お中時とし、十月半廿日頃までお下時とす、又八月上の戌の日より小麦お蒔はじめ、それより段々に、大麦おまき、九月下旬十月初めに蒔終るおよしとするなり、何れも所の風気によるべし、木綿跡、大根跡などは、此限りにはあらず、やむ事お得ざれば、小麦は冬お過ず、大麦は歳お不越と雲て、暇なければ小麦も冬にもかヽり、大麦は歳の内は、まきてもくるしからずと雲ことなり、さはり有て九十月の後うゆるならば、必灰ごえ、馬糞などのよきこえお多く蓄へおき、肌糞およく用ひ、種子おほひお厚くしおけば、雪霜に痛まずして、春になりてさかゆる物なり、されども実りは少し、〈◯中略〉同種子の分量の事、凡一段の畠、むぎやすは四五升、稲麦は八九升、是先中分なり、田の溝のひろせばと、秋冬と、地の肥瘠と、かれこれ指引して、思はく少薄く蒔て、こやしお多く用ひたるに、実り多しとしるべし、又冬ぶかになるほど、少宛厚く蒔べし、種子おほひも早きは薄く、晩き程あつくおほふべし、猶種子おほひむらなく、塊およくくだきて、細土ばかりにて、たねのよくかくるヽ様にすべし、蒔にも、種子おほひするにも、跡に心お留めて、だめおさヽざれば、必多少むら有ものなり、少の手間にて、蒔むらあれば、積りては過分の損あり、よく心お用ゆべし、