[p.0845][p.0846]
耕稼春秋

大麦小麦勘弁一大麦は秋蒔て夏熟す、四時の気お受、旧穀の尽る時分出来て、民の食お助けつぎ、新穀の出来るまでの助と成、されば稲に次て五穀の中にて貴き物也、故に聖人是お重んじ春秋にも、稲と麦との損毛お書せたまへり、実に近世静謐にて、民多くなりぬ、麦作の勤疎ならば食物乏かるべきに、都鄙是お作る事専成故、麦の多き事甚だ古に勝れり、されば今民の養の助となる事、是に続く物なし、実にめでたき穀物也、麦は総じて田ならばしつけなき堅田よし、弱く薄き地は、大麦によからず悪し、其種に色々数多き物なり、若障り有て、末に蒔植るならば、必灰ごえ馬糞などの能こえお多く蓄置、肌糞お能致し、種おほひお厚しおけば、雪霜に痛ずして、春になりて栄ゆる物也、真糞馬ごへ何れも灰ごへはよし、取分小麦に灰お以ておほはざれば寒気にいたむ物なり、五畿内東海道は麦作大分にして、宜舗町人まで朝夕食とす、北国の麦と違ひ、地宜しく天気能故か、麦の皮も薄く、舂にはやく白むものなり、一小麦地の拵、其外大麦に替る事なし、大麦よし少し遅く蒔所も有、同刈時も同じ、小麦は大麦田より遅蒔物也、小麦蒔地はさのみ肥たるお好まず、若すぐれて肥たる地に、肌糞お多く用ゆれば、根くさり出来過る事も有、専ら灰ごへお以て植べし、温気お好み、底の土おあげて作る事お好て、高くかわきて軽き土に宜しからず、春にもなりて修理の遅は、実りよからず、其上麦穂に出て、実る時分地の堅く引しむる事お好て、根の土乾うつけたるお嫌ふ物也、小麦取わけ念お入種おえらぶべし、種悪しければ出兼るもの也、まじりなく実りよき夏の土用に能干、粃虫くひおよく去べし、是又種二三色有物也、能々土地の相応お撰て作るべし、又風烈しき所には、穂もからも強く、実の落ざるお撰て作るべし、又雲、麦お蒔地は、かりそめにもしめり気のつよき時は、耕し蒔べからず、当年地かたまりて、麦の盛長あしきのみならず、来年の稲迄出来よからず、但小麦は少しめり気の時蒔たるは実り吉、又小麦跡田瘠るもの也、田に小麦お作る事は、所によりて遠慮すべし、小麦のから田に入は毒なる故也、かぶおも土きはよりつめて刈、把にてかく時、田に有麦かぶもかきさるべし、総じて小麦は大麦よりこへ少分入、第一灰ごへよし、石川郡にて松任近辺は小麦の上也、