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農業全書
二/五穀
粟うゆる地の事、黄白土は粟によろしとあり、黒土赤土も肥たる深きはよけれども、黄白の肥たるが、取分よきものなり、総じて粟は薄く瘠たる地にはよからず、山畠にても平原の畠にてもかたのごとく、肥たる性のよき地ならでは、盛長し難し、緑豆小豆のあとお上とす、麻胡麻の跡は其次なり、蕪青大根の跡お下とす、〈是農書の説なり〉若又野畠などの新しく開きたるも、冬より数返うちこなしさらしおきたるお、春に至り、なる程くはしく塊のなき様にこなし置て、時分お待べし、是もいや地お嫌ふものなり、年ごとに地おかへて作るべし、年貢なしの焼野、或山畠などおあらし置、一二年も休めたる地お委しく拵へ、糞お灰に合せ、うるほひ能に蒔たるは、過分に実りあるものなり、種る時分の事、夏粟は二三月、桃の花始て咲お上時とし、卯月お中、五月お下時とす、秋粟は六月下旬、七夕の比までよし、其年の節により、五七日の遅速はあるべし、同じく種子の分量の事、凡一段に五六合、やせ地は少し多く蒔べし、又春うゆるは少しふかくすべし、もし蒔時分にうるほひなくば、まきたるうへお少し踏付べし、夏は浅くうゆべし、ふまずして其まヽおきても、頓て生る物なり、春はいまだ寒くして生る事遅し、上お践(ふま)ざれば生付(おいつき)がたし、生るといへども大かたは死(かる)、夏の気は熱くして生る事速なり、夏は雨多き故、践て後雨にあへば、地かたまりて生じがたし、践べからず、又粟は雨の後のしめりけお得て蒔物なれども、小雨はよし、若大雨の後ならば、草の少めだヽんとするお見て犂返し、細かにかきこなしうゆれば、苗草より先に生じて、成長する物なり、若磽地にて糞お用ゆといふとも、新しくつよきお用ゆべからず、必節虫(ふむし)お生ず、灰ごえ其外よく熟しかれたる糞お用ゆべし、吹込などの所につよきこえお用れば、虫気するなり、加様の所には河の泥お能ほして、糞おうちからしおき、灰お合せて用ゆべし、中うちおば必あらけなくすべからず、かるき鍬にて懇に草お削りおけば、其後芸の間引に手間入ざる物なり、ほぞろへの事、肥磽にはよる事なれども、思はく薄く間引べし、大かた三四寸に一本づヽ立るお中分とするなり、但小粟はむらなく、少厚きに利多し、粟は蒔時分と、地ごしらへよくして、時節よくうへ合すれば、勝れて実多き物なり、誠に一粒万倍とも雲つべき、ならびなき上穀なり、土地よけいある所にては、力お尽して多く作るべし、又雲、時節おはかりてうゆるは、物ごとの肝要にて、作人かならず心お用る事なれども、此等のたねの至て細かなる物は、とかくうるほひなくては生ぜぬ物ゆへ、時分とうるほひお取失ふべからず、又すぐれて肥たる粟畠は、いか程も畦はヾがんぎも広くし、いかにも薄く間引て、苗の時は牛馬もとおるやうにし、後はさかへ茂りて、きる物おなげかけても、少もたおれぬ程に作るべし、かくのごとく作り立たるには、其実一段に夫婦年中の食物程あるものなり、又苗の少(ちいさ)き時きえたる所に、念お入うへつぎたるよし、或雨中にへらにて和らかにほり取、根のそこねぬやうにうゆれば、痛ずして其まヽ生付物也、