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農業全書
二/五穀
稗ひえに水陸の二種あり、是猶いやしき穀といへども、六穀の内にて下賤おやしなひ、上穀の不足お助け、飢饉お救ひ、又牛馬の飼、殊に水旱にもさのみ損毛せず、田稗は下(ひき)き沢などの、稲のよからぬ所に作るべし、畑びえは山谷のさかしく、他の作り物は出来ざる所に、やきうちなどして多く作れば、利お得る物なり、但山に作る時は、あらく毛のあるお作るべし、鹿鳥の犯さぬ物なり、又年なみあしく、稲の苗おさして後、相続きて旱し、苗悉く枯たる時か、又五月洪水にて苗流れ、或水底になりて、腐りたる時も、稗はでくる物なれば、水損ある所はかねてたねお蓄へおき、又は苗おもうへ置、うへつぎて此難おのがるべし、又干潟おひらき穀田となさんとすれども、初の間は潮水もれ来りて、苗かれうせ稲は盛長せず、毎々手おむなしくする所がらに、しいて稲お作り、妄に費お益べからず、先此稗の苗お長くして種れば、大かたは潮気にも痛まずしてよく栄へ、其功おなす者也、其後に稲お作るべし、又雲是下品の穀にして、世人賤め軽しむといへ共、なみ〳〵の地にも能いでき、実多く、飯にし粥にし餅に作り、其功粟にもさのみ劣らざるものなり、土地の余計ある所にては、必多く作りて、上穀の助となすべし、相応の地に作れば甚みのり多き物なり、されば極めて下品の穀なりといへども、貧なる民お救ひ、大きに農家の益となるものなり、又雲、潮干潟に作りたらば、刈とる時子のこぼれざるやうにすべし、その実おつれば、次の年稲おつくるに、莠となりて、はなはだ妨おなすものなり、