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農業全書
五/山野菜
慈姑くはいは是泥中の珍物也、先たねお収めおく事、来年作るべき、分量おはかりて、水お落せば、即堅田となる所に、別にうへおき、春移しうゆる時分まで、其田におき、うゆる時にいたりて掘取、中にてふとく見事なるお、えらびてうゆべし、うゆる地の事、第一は稲は出来すぎてよからず、濁水など流れ入て、他の物は過て、実りなき所お上とす、もとより稲に宜しき田なりとも、地心其外利潤おはかりて、所によりて作るべし、都或は国都などの、大邑に遠き所にては、過分には作るべからず、水湿絶ざる所の、泥深く肥たるに、糞しおも多く用いてうゆれば、厚利ある物なり、うゆる時分の事、三月初より四月初まではよし、耕しこなす事、稲田のごとくくはしからずしても苦しからず、凡七八寸ほど間お置て、一つ宛芽の方お上にしてうゆるべし、臘月に水田にうへおき、来年四月苗生じて、稲おうゆるごとく種べしと、唐の書に記せり、同じく糞お用る事、稲の出来過る地には入るに及ばず、稲によき程の地ならば、五月の中に、濃糞お一二遍もうつべし、若地の性つよく和らぎかぬる所ならば、くさりたる草、あくた、其外土の和らぐ物お入べし、但長ながらば入べからず、すさのごとく切て、ふるひかくべし、山草どほろ猶よし、されど肥過て、茎葉甚さかゆれば、根の実り少し、中うち芸る事も、うへ付てはなりがたき物なるゆへ、うゆる前方こなし、草生ぬ様にすべし、さて掘取事は、九十月水おおとし、乾してほり取べし、若水お落す事ならぬ田ならば、廻りおせき水おかへ、乾しおき、一方に鍬にて一筋掘口おあけて、手にて掘取べし、鍬にてほれば、根に疵付損ずる物なり、但一度に悉くほり取べからず、市町にうるとても、一度に過分には入ざるゆへ、度々におこすべし、清水にてきよく洗ひ、桶に水おため入て外におき、日おひおし、日風に当べからず、夜は内に入べし、又は泥ながら湿地にいけ置て、用にまかせて、洗ひたるもよし、掘取て廿日ばかりは、折々水おかけ置ても、損ずる事なし、