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沙石集

証月房上人之遁世事松尾の証月坊上人は、三井の流お受て、三密の行たけく、道心有人と聞へて、遁世の初の事お人の語しは、人間にながらへてもよしなし、如説修行して臨終せんと思ひ立て、隻一人松尾の奥に、人にもしられずして、七日が時料お用意して、かりに庵おむすびて修行せられけり、七日の食尽て、芋の茎のひたるお水に入て、やはらかになしてにて食て、今日の命おのべんと思はれける程に、薪取山人見あひて、其日の食は供養してけり、又いものくきおばほしておきて、次の日水に入食にあてがへば、又山人見つけて供養しけり、其後連々人見あひて、時料おおくりければ、ついにいものくきもちいずして、食物あひついで行はれけり、