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農業全書
六/三草
藺藺一名は灯草(○○)ともいふ、畳の面とし寝席とし、灯心に用ひ、薬ともなる、凡衣食すでに足りては、居所お安からしむべし、されば是功用おもき物也、土地相応する所にては、広く作るべし、備後に作る法、来年藺お作る田は、今年早稲お作り、時分に刈収めて、其まヽ耕しこしらゆる事は、稲田にかはる事なし、塊少もなく、細かにくだき熟しおきたるに、山草其外地の和らぐ物お多く入れ、水おためおきよくかきならし、十月初うゆるお上時とし、それより段々十二月までうゆるなり、苗おおこし古根お去、稲の苗おとるごとく、一手づヽにたばね、十本許お一かぶにとりて、間お三寸ほど宛にうゆべし、さて十五日程にて、芸る事も稲と同じ、其後熟糞お上より切々うつべし、四月までの間に、凡十遍ばかり、糞お入るお上功とはするなり、三月の比は、山のわかき草柴など出来るお、多く刈取てつみおき、是おすさわらのごとく細かに切て、物おおほひ置、むせたる時きりくだきて、苗の上よりふるひかくべし、いかほどもおほきにあきはなし、いなごの出来る時になりては、稲の有方の畦に、わらかこもにて、おきおゆひ、〓(いなご)およくふせぐべし、又は竹竿お持て、おひはらひたるもよし、冬苗おうへ付てよりこえお入はじめ、それより草かじめ、〓おふせぎおひはらふまで、一日も怠り由断なく手入お用ゆべし、糞たらざれば色あしく、さきかれて上面(おもて)にはならず、色お見合せ、鰯などお頻りに多く入べし、刈時分の事、六月土用にいりて、日和お見合せ、ゆふだちもすまじき晴日に、よくきるヽうすき鎌にて、稲おかるごとくかりて、其田にて其まヽすぐり、地おほりて其中にて白き泥お、濁酒のごとくとき、右の藺お此泥にひたしまぶし、きれいなる芝原ある所ならば、うすくひろげ干べし、二日ばかりにてよく干る物なり、其時凡二尺五寸縄にてたばね、色よきわらか、小麦わらにて包み、すヽけのせざる所に、棚おかき上おくなり、其後上中下段段えり分、よくそろひたるお上とす、上面おうつは、たねりおこき、苧おうみ車にて合せ、わくにかけおきて、打時用ゆるなり、又中面以下はあら苧おうみて、是お車合せにして用ゆるなり、其後畳にうつ事は、女一人にて一日一夜に、四はへの面お、二枚うち上るお定りたる仕事とするなり、所のならはしにて、此功のならざる女は媒人なしと也、此ゆへによりて、女功の格式となりて、利お得る事過分なり、又右二尺五寸縄の藺にて、四はへの面お四枚うち立る事なり、備後の藺田の土は、少ねばりけありて小石少々交り、性のつよき地なり、藺は地の甚深きおよしとせず、底の堅くして中分の土地、早稲お作る地お糞にあかせ、十分に作れば、上藺出来るなり、深田の肥たるに、ながくふとく出来たるは、寝席にうつなり、上面おうち出す所は、三名(みな)、わらや、草深などいふ里なり、他村の女は及ぶ事なしとなり、藺の苗おおく事、刈取て、二番お生立(そだて)置て用ゆるなり、又は一番おからずして、其まゝ置て苗とするもよし、別に糞し手入にも及ばず、若草あらばぬき去べし、備後は肥良の地多き国にて、南方お受るゆへ、土産色々おほき中に、藺田の利勝れて多し、六月刈取、藺のかぶおぬき去、跡お其まヽ耕して、かねて晩稲の苗お仕立おき、早速うへて、手入だん〳〵常のごとくすれば、大かた時分にうへたる稲に、さのみはおとらず、霜ふりて刈取と雲なり、何国にも必田地肥過て、其実りよからぬ所ある物なり、左様の地に、此法お用ひて藺お作るべし、畳にうつ事ならざるものは、藺にて売たるも利ある物なり、殊に跡にも又稲の出来る地ならば、誠に過分の利なり、所によりて考へ、或〈は〉なおも習お得て、心お用ひ其利お求むべし、