[p.1000][p.1001][p.1002]
広益国産考

藺田耕しやう凡稲お作る田お耕すに異る事なし、若至極の深田にて、人の臍より上にもふみ込程ならば、凡二月の末つかたに至りて、周り壱尺壱弐寸もある大竹お、弐本ならべて是おふまへ、鍬にて前へ前へとかえし耕すべし、又ふまへたる竹お、向ふへやりては耕し〳〵して行べし、其後三月の始つかた、此ごとくすべし、大抵の地味は二遍ほどにてよし、三返も耕ば益々宜し、畿内辺にては、なんばと号し、板にて造りたるものお下駄のごとくはき、深田に入て自由に働くなり、九州にては右のごとく竹おふまへて耕せり、何れとも利方のよきお用べし、依てなんばの作りやうお援にしるす、〈◯図略〉  植附の仕様〈并〉肥しの事先苗お植る二三日前に耕したる田お日に乾かし、糞の熟したるに水お合せ、杓にて能々かきまぜ、程よくして田一面に水お打ごとく打散して、尚々乾かすべし、其後水お放入て、稲おうヽるごとく植る事也、苗と苗との間は、稲よりしげく植べし、追々芽お生じ、入梅前には凡七八寸に至るべし、其とき糞か又油粕か干鰯お粉にして、壱反に代銀三四拾目分おふり込施(わる)べし、又土用前に銀三四拾目分同じく施べし、豊後にては壱反に都合銀六拾目より百目内外施てつくる也、稲とは違ひ肥し多くいるヽ程、藺の出来よく収納多く、筵に織て出来よく売直段もよく、肥しの代銀より倍まして、余計なるもの也、藺の伸るは六月土用中なり、其頃は一夜に三四寸も伸るといへり、上田には肥しおひかへ施べし、伸過ては藺こける也、上田に植肥しと、其後入梅前後お見合せ、両度に銀四五目分、油粕お粉にして施べし、田の上下にて肥しの分別あるべし、若土用時分に、藺の伸あしくば、小便お水うつごとく、藺に上より杓にて打べし、小便乏しき時は、水お余計に加え、はし〳〵迄ゆきわたるやうに打べし、又余の肥しお水に和し施て宜し、盆時分には六尺余に伸る也、  刈旬(かりしゆん)の事刈旬は中元の前後二百十日お目当に刈べし、其年の気候により、伸の能とあしきとあるは見合せ刈べきなり、また自家に入用だけ作りたるは、此刈旬より廿日も三十日もおそく刈べし、藺の色あしくなれども至てつよし、猶自家のつかひやうは、見かけによらぬものなれば、藺お割ずとも、丸なりに其まヽ干あげて織ても佳なり、琉球にて織たるものとて、薩摩より来る筵は、色あしけれども、大坂辺まで売買の直段、壱枚にて銀五六匁位なり、又正真の七島より来るは、壱枚にて三四匁なり、是等はみな刈旬おそきと見え色あしく、然れども強き事、青筵の三四枚がけたもつといふ、自家に用ふるだけはおそく刈、商ひものとするははやく刈べし、早くかれば色よく、又風にそこなはるヽ患ひなし、風に中れば、藺折てあしヽ、然れども自家のつかひやうにさのみかまひなし、此刈旬の考へもつとも大事なり、第一日和お見合刈べし、刈て翌日日和あしければ、刈たる藺に赤みさし、筵に織て色あしく価下直也、両三日先の天気お見すまして刈べきなり、  刈様の事時至て藺お刈には、常の稲お刈鎌およく〳〵硎て田に入、草お刈ごとく左右に払かりに刈て、元末お混ぜざるやう、両手お以ていだき上又片手にかヽへ直し、右の手にて藺の末の程よき所お持てふるへば、短き分は田へ落る也、是お多く作る所にては、其まヽ田に捨置ども、悉く取かへり乾あげて、縄になひ草履に造り、又は銭さしになひ、或は下品なる中次筵に織てよろし、 凡此刈たる藺一かヽへお、むしろ壱枚の分とあつる也、大概壱反の田に五六百枚の織草は有もの也、猶豊凶にもよる也、