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農業全書
四/菜
韭にらは古来名高き物にて賞玩なり、陽起草とて、人お補ひ温むる性のよき菜なり、又一度うへおけば、幾年も其まヽおき付にしてさかゆる故、怠り無性なる者のうゆべき物とて、懶人菜とも雲なり、古かぶお分てうへ、又は秋たねお取おきて、春苗としうゆるもよし、されども多くさかへしげる物なれば、たねおうゆるに及ばず、かぶおわけてうへたるがしるしすみやかなり、三葱四韭とて、にらは四もとづヽ、一かぶにしてうゆると也、うゆる時灰ごえにてうへ、九十月又わらの灰お以て二三寸もおほひ、其上に土お少かけ置べし、たねお二月蒔て九月わけてうへ、十月かくのごとくするなり、韭は上品の菜にて、唐人は甚賞玩し、常の膳に多く用ゆるとみえたり、されば都近き所などは、過分に作りて利お得ると也、千畦の韭甫お作りて持たる者は、其人の分限、千戸侯と同じとて、一郡もとる大名の富にかはらずと、史記にもしるし置り、畦の中お細々熊手にてかき、古葉ちりあくたなど少もなく、きれいにして水糞おかけ、又時々熟糞或鶏の糞おおけば、よくさかへ、年中幾度ともなく刈て、廿日ばかりにては、本のごとく長くしげる物なり、又冬に成て韭のかぶおおこし、屋のかげなどにならべ置、馬屋ごえにて培へば、其暖りにてながくさかへ、風寒にもあはぬゆへ、其葉黄色にして、和らかなり、是お韭黄と雲となり、つねのにらよりは、すぐれて賞玩にて、めづらしき菜なりとしるしおけり、又にらは少深く筋おきりてうゆべし、根上にあがる性の物なれば、浅くうゆればかならず瘠るなり、又かぶおわけてうゆる時、古根のしやうがのごとくなりたるお、かきてのくべし、其まヽうゆれば、是又やする物なり、又にらお久しくうへ付にして置たるは、変じて莧となる、又葱も変じて韭となる事間多し、