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冠辞考
十/也
やますげの 〈みならぬ事お乱り恋のみ〉万葉巻四に、山菅乃(やますげの)、実不成事乎(みならぬことお)、吾爾所依(われにより)、言礼師君者(いはれしきみは)、熟与可宿良牟(たれとかぬらむ)、こはまことならぬことお、実ならぬことヽいひて、山菅の実ならぬとはいひかけたり、さてこヽは巻一に、実不成樹爾波神曾著(みならぬきにはかみぞつく)とよみたるとは異にて、山菅は実お結ぶ物なれば、実成といふより実ならぬとはいひ下したり、かの皮(はた)ずヽきほにはさき出ず、真十鏡見ぬめの浦などいへる類なり、巻十一に、山菅(やますげの)、乱恋耳(みだりこひのみ)、令為作(せさせつヽ)雲々、こは山菅の葉は繁くて乱れなびく物なるお、恋の乱れにいひかけつ、巻十四に、〈東歌の末の挽歌〉可奈思伊毛乎(かなしいもお)、伊都知由可米等(いづちにかめと)、夜麻須気乃(やますげの)、曾我比爾宿思久(そがひにねしく)、伊麻之久夜思母(いましくやしも)、こは既佐部の辟竹の条にいひつ、山菅は和名抄に麦門冬〈夜末須介〉といへる物にて山に生ひて瑠璃の玉なす子あり、巻七に、妹為菅実採(いもがためすがのみとりて)、行吾(ゆくわれお)、とも卯名手之神社之(うなてのもりの)、菅弥乎(すがのみお)、衣爾書付(きぬにかきつけ)、令服児欲得(きせんこもがも)などもよめるは、此子(み)の紫なるして、かたなどお摺し故と見えたり、今の童べがしかするもて、中々に古への様おしらる、